2011年3月25日金曜日

コスモ・クリーナー・プリーズ。

東京から水が消えました。ケツ拭き紙、電池の次は水ですか?!23区の水道水から基準値以上のヨウ素131がどうしたこうしたというニュースが流れ出した途端、スーパー、コンビニ、ドラッグストア、キヨスクは言うに及ばず、街中の自販機という自販機から水(ミネラル・ウォータ)「だけ」が消えました。あっちの自販機こっちの自販機「水」のところだけがことごとく売切れ御礼の赤ランプ!!目を血走らせ我先にと自販機にありったけの小銭を突っ込み根こそぎ水をかっさらって行く狂ったハゲタカのような人々の姿が目に浮かびます。狂ってるよ、アンタたち!!まさに此処は、MAD CITY TOKYO!!キ・・ガ・イ・都・市!!

その朝、いつものように奴隷農場(=会社)へ向かう道すがら、花粉症がひどいだけなのか放射能避けのためなのかただの電波系なのかガスマスクのようなものを顔に装着した眼つきの座った労務者風のオッサンとすれ違いました。その後、銀色に光る防災頭巾を被った小学生ともすれ違いました。乗った地下鉄では地震速報の警戒音があちらこちらの携帯電話から一斉に鳴り出した瞬間立っていた客がブッ倒れるほどの急停車。で、TVでは水道水がどーしたこーしたで上記のような水が無くなる大騒ぎ。原発からは相変わらず煙だけが静かにモクモクモクと・・・。1999年にノストラダムスの予言どおり地球は滅亡してオレも死ぬんだなと真剣に子供の頃思っていたわけですが、1999年には幸か不幸か世界は滅亡しなかったわけで、それから数えれば既に予定より10年以上も生き長らえてしまったわけですが、今日までまぐれで生き延びてきたような乾電池のようなオレの寿命もそろそろ切れる時が近づいているのかもしれません。世の中が騒然としてきた今、まさに明日は我が身、です。生命の危険を感じずにはいられません。しかし、作りかけのバンドのニューアルバムを制作半ばで放り出して野垂れ死にするわけにはいきません。ところで、きのうも昼飯にはカップ麺をいただきました。オレの昼の主食です。たっぷり放射性物質の入ったヌルイお湯でいただく赤いきつねは色々な意味で格別です。いつの時代もまずは貧乏人から死んでゆくのでありましょう。金持ちの家には既に自宅にコスモ・クリーナー(by宇宙戦艦ヤマト)の小型版みたいな放射能除去装置が核シェルターと一緒に備え付けてあるのかもしれません。放射能水のカップ麺を喰い、放射能水の風呂に入り、放射能水で顔を洗い、大便を放射能水で流す。ニュースによれば乳幼児に対する水道水の摂取を一時制限とか。じゃあ、ワンちゃん・ネコちゃんの類はどうなんでしょう?なんて、ウチにはイヌネコはおりませぬがさきほど散歩中の大きな黒犬を見、要らぬ心配をしたりしたものです。

さて、余震に怯えながらも自宅レコーディング再開。なんとかドラムの音の調整が終わり、続いてギターやベースのチェック及び修正をしつつ、キーボードを使っての細かい装飾音や効果音などのオーヴァー・ダビングを開始。これにより、ようやく少し曲の形が見えてきたところであります。しかしゴールは以前霧の向こう。いまだ皆目検討つきません。こんなこと続けてナニになるんだ、と今さらながら日々心折れそうになっております。いや、もうとっくに心なんて折れていて折るべき心も無くなっているのかもしれません。その上、地震に放射能に、もう、どうにでもなれ、って気分。最近リリースされた「相対性理論」のニューアルバムに坂本龍一やらアート・リンゼイが参加なんてニュースが更にオレのボヤキ節に火を点ける。なんなんだその贅沢至極は!!いつからそんなに偉くなったの?!ちぇっ、人気者は違うね!!片や我がダンボール・バットのニューアルバムには坂本龍一もアート・リンゼイも来てくれるわけもなく、石器時代のような旧式機材しかない畳の部屋で、それはまるで昨日まで日曜大工など一度もやったことのない人間が、東京スカイ・ツリーを金槌と釘だけで組み立てて見ろ、と言われているような過酷で困難を極める状況下での地味で孤独で無限地獄のようなレコーディング。「あ、教授(坂本龍一)。この曲のイントロの部分にプロフェット5でちょろちょろっとメロ入れていただけませんか?」・・・なんて言ってる自分を妄想する愉しさ虚しさこの上なし。大馬鹿め。


▼今夜のBGM
オカマ・バーでの前衛劇を見せられているような脱力感漂う魅力的な映像です。ホモセクシャル・テクノの始祖「DAF(Deutsch-Amerikanische Freundschaftの略・・・<ドイツ・アメリカ友好条約>の意)」の81年の懐かしいナンバー。 男なら黙ってピコピコなう。
♪Der Räuber und der Prinz / D.A.F.

2011年3月20日日曜日

拝啓、カダフィ大佐殿。

拝啓、カダフィ大佐殿。あなたの国も大変なことになっていますね。ここ日本も大変な事態になっています。個人的にアナタのファンってわけでもないし逆にアナタを一方的に非難できるような大層な思想も理屈も持ち合わせていませんが、まあ、お互い、せいぜい、この先も悪あがきしながら、それこそ暗黒大陸じゃがたらの歌詞ではありませんが「せこく」生きて、生きて、生き延びてゆこうじゃありませんか。この前日本テレビにチャンネル変えたら欽ちゃんの仮装大賞のダイジェスト版なんて流れているもんだからてっきり欽ちゃんがお亡くなりになったのかと思ったら先日の歌手のK.K.さんの時と同じくまたオレの早とちりでした。単に先の地震の被災者の方たちを励ましたい、少しでも明るい笑いを届けたいとかなんとかいう主旨で当たり障りの無い欽ちゃんを引っ張り出してきて流していたらしいです。それにしても、鬼畜米英節電節電と騒いでいる国難の中、地震関連の番組など早々に切り上げてゴミのようなバラエティ番組を無神経に垂れ流しているTV局ってどうなんですか?(一番早く通常の番組を流し始めたのはテレ東。これはこれで逆にある意味流石!!)日替わりで、今日は日テレとTBSだけ、明日はフジとテレ朝だけとか、なんか上手く交代しながら節電できないんでしょうか?それにしても、ノド元過ぎればなんとかで、奴隷でごった返す会社の昼時の巨大社員食堂。天井から吊り下げられた6台の大型TVには相変わらずNHKがタレ流す地震関連番組。しかし、すでにそんなTVを観ている物好きはほぼ皆無。この人たちにとってはもう対岸の火事なのでしょう。この人たちと一緒にオレもヨウ素や中性子を少しずつ浴びてじわりじわり死んでいくのかと思うとやりきれない思いで一杯になりました。どうでもいい旅行の話に花を咲かせるおばはん連中。犬のように鳥の死肉・・・チキン・ステーキに貪りついてるOLのお姐さん。ふんぞり返ってつまようじで歯糞をほじってるハゲのジジイにエトセトラ。ここは場末の動物園。社食のクソ高いランチなどに払うだけのカネなど常に持ち合わせていない極貧のオレは西友で買い置きしてあった我が家の最後の備蓄用の賞味期限切れの78円のパサパサのアンパンをかじりながら耳にささったイヤホンからは周りのゴミ・雑音をシャットアウトするために大音響でヘンリー・カウの2ndアルバムを注入しながら目だけはTVを追う。ふと画面に映った地震で生き別れた家族の再会シーンに危うくもらい泣きしそうに。オレにもまっとうな人間的な血、情、もしくは良心のかけらの破片のいくばくかは残っていたのか、ということを再確認した瞬間でした。パサパサのアンパンもそう不味くはないなと馬の小便のようなヌルいお茶でアンコの塊をノドの奥に流し込んだものです。さて、先の大地震、そしてその後いまだに回数は減ってきたとは言え続いている余震のせいで、地震で揺れているのか単に自分が揺れているのか(気のせいか)分からないって人がオレだけではなく周りにも結構いることが判明。オレの場合特に便器に座ってふんばっている時が顕著。なんか船の上で大便を垂れているような足元の床板のすぐ下が太平洋の大海原のようなイメージがするんです。実際船の上でウンコをしたことがないのであくまでも想像ですがね。その上、動悸が相変わらず常に。その上突然こみ上げて来る吐き気。フヌケなオレは不安になり、おととい近所の医者へ行って胃薬だの精神安定剤だのを頂戴してきました。同時に、よく眠れるようになるからと、これも精神安定目的らしい「点滴」をチクリと注入してもらったのですが、打ち終わった途端酒を飲まずして酔っ払ったような地面に足が付いていないような千鳥足のフラフラ状態でまともに歩けず椅子にヘタリ込む始末。クソ!何をオレの体に注入しやがったんだ?お医者のセンセイ曰く、フラフラするのすぐ治まるから・・・って、打つ前に言ってください、センセイ。しかし、まだ揺れている気が。いつになったら平和に大便ができるのだろうか?カダフィ大佐、教えてください。


▼今夜のBGM
ウチのライヴでド派手なメイクとパワフルな歌声でコーラスを手伝ってもらってるマリ嬢が、自作の曲を自らの演奏で歌うというソロ・ライヴへ、先日招待され観にいってまいりました。本人は好きかどうか知りませんが、ちょっと山崎ハコなんかが頭をよぎったものです。この曲を「暗いねぇ」の一言で片付けてしまうことのできるヒトとは一生友達になれません、ボク。それにしてもなんでしょう、この色気。
♪ひとり唄(ライヴ)/山崎ハコ(1977年)

2011年3月14日月曜日

東京クーデター。

それほど安全だというなら、東京に建てたらどうなのだ!過疎の浜の人は死んでも仕方ないというのか。安全神話に彩られた原発の危険性を最新データや写真をもとに説く衝撃の書。(解説・野坂昭如)

1990年頃だったでしょうか?記憶は定かではないのですが、「反原発」ブームというのがありました。そのブームの中で話題になっていたのが「東京に原発を」(著・広瀬隆)という1冊の本でありました。上の一文は同書の出版社による宣伝文(amazonの掲載ページより引用)。土地の確保とかそういう現実的な問題もあろうかとは思いますが、この際、国会議事堂なり東京都庁なりスカイツリーなりの横でも地下にでも福島の原発に取って替わる新しい原発を建造してみたらいかがでしょうか?そこまで安全と言うのなら。

さて、ここTOKYOは現在キチイ地味た状況になっています。スーパー、ドラッグストア、コンビニ、100円ショップの棚からは、カップ麺、パン、水、の類から、懐中電灯、乾電池、ろうそく、ティッシュ、トイレットペーパーの類までほぼスッカラカン。色々な情報が錯綜し、交通網は乱れ、おまけに電力不足による計画停電が始まるとか、etc。とにかく自分だけは自分の家族だけは生き延びようという狂った輩が目を血走らせてケツ拭く紙1枚、単1電池1本求めるのに押すな押すなとあっちの店先こっちの通りに溢れ出し右往左往。しかし、オレもそんな阿呆の輩の一人です。今朝、近所の店舗を数箇所「物資」を調達しに歩き回ったものの既にハイエナどもに全てかっさらわれておりました。スタートの時点で負けていたわけです。阿呆以下の阿呆と言ったところでしょうか。戦後間もなくの闇市か昭和のオイル・ショックかといったこの殺気立った一触即発の様相。外国だったら、とっくに、商店のウインドウをぶち割っての略奪、強奪が起きてもおかしくない状況です。まっこと恐ろしいです。こんなときにどこぞのキチイか新興宗教がクーデターでも起こそうものなら今の東京なんてあっけなく乗っ取られそうです。これで停電なんて始まったら命の保障もクソもなくなるかもしれません。おまわりさんは停電中の信号機に替わって交通整理に大忙し。夜間の犯罪が激増。強盗天国。常に、サバイバルナイフの2,3本でも懐に忍ばせておき自分の身は自分で守る的な最悪のシティ・ライフが始まるのではないでしょうか。

ろくな物資の調達も出来ぬままぐったりして家に帰ってきたオレ。ひとまず我慢していたウンコをしたのですが、電気が止まると水道も一時断水になる可能性があるとかないとか。しばらくはそう気軽に一日に何回もウンコが出来なくなるのだなという思いと、これからは電気(もちろん水も)を大切に使わなければいけないな、という戒めの気持ちとを込めて水洗トイレのレバーをいつになく神妙にヒネリ、トイレの排水溝に吸い込まれる自分の大便を見送ったのです。蓮舫大臣に敬礼!

普段、震度1の地震でもびびってるオレ。そんな小心者で腰抜けのオレは、生まれて初めて体験した先日のバカでかい揺れとその後も引っ切り無しに続いてる余震やTVで垂れ流される衝撃的な映像やなんやかんやで既に精神的に参っております。持病のストレス性の胃炎から来ているであろう軽い吐き気や下痢にも見舞われています(戦場に引っ張り出されたら最初に発狂するタイプだな、オレなんて!)。もちろん、オレのストレスなんて被災者の方たちの心労・苦労に比べれば、蟻のヘソのアカにも満たないちっぽけなゴミのようなものだということは言うまでもありませんが、なんだか本当にヘトヘトです。未だ道半ばのバンドのレコーディング作業も11日の天変地異以来停止状態。昨晩、地震でグチャグチャになった部屋の整理をやっと始め、機材の電源を入れ無事作動するのを確認したところです。それにしても、昨年から不運続きの今回のレコーディング。神よ、これ以上試練を与え給うな。アーメン。

ところで、本震の際、会社で仕事をしていたオレは、最新の免震構造とやらに守られた巨大な建物の中にいたわけですが、免震構造ゆえの独特の揺れ・・・時化(しけ)の海の上でのマグロ漁船の船底を連想させるようなゆったりとした大きな横揺れに見舞われ、天井からはボタン雪のような無数の綿埃が降り注ぐ中、机の下に身を隠し、いつまでたっても収まらぬ今だかつて体験したことのない、それこそ悪い夢でも見ているかのような揺れの中で本気で恐怖心に襲われ、また、船酔いのような吐き気に襲われながらも、ええカッコしいのオレは人にビビッているところを観られたくないがために冷静を装い、無理にヘラヘラしていた、そんな阿呆です。その時、「死ぬときは、死ぬんですから」と、脂汗を流しているオレに向かって遥か歳下の知人がまるで達観したかのような表情でボソリ一言。「死ぬときは死ぬ」・・・普段冗談で使われているようなこの安っぽい言葉がその時のオレにはゲーテやニーチェや松下幸之助だのが吐いたどんな重たい言葉よりズンとリアルに突き刺さったわけです。人間、常にドンと構えていなきゃダメだってことです。そして、度胸無しのオレは今日も余震にビビリながら・・・いや、余震なのか自分が揺れているだけなのかの区別すら最早つかず、こんなゴミ日記を書いています。



▼今夜のBGM
こんなやりきれない夜は・・・・・・。今すぐ余分な灯りを消せ。蛍光灯の人工的な光を浴び過ぎて青っ白くなってしまったオマエの顔。自分のツメの先に火をともし自分の心の闇の中を覗いてみよう。暗闇の中から立ち昇ってくるこの激しいギターの音色がオレをストイックにさせる。英トラッド・フォーク系ギタリストの祖師にして名手。
Davy Graham / ♪Bulgarian Dance(1969)

2011年3月4日金曜日

渚にてヨダレなど垂らしております。

「渚にて」って新曲が出来ました。新曲と言ってもほぼインストみたいなもので、この曲をライヴでやるとして、はて、メンバーが演奏する曲の間中手持ち無沙汰なオレはなにをやっていようかな(笑)、と。タバコでもふかしながら客席の後ろの遥か遠くのありもしない水平線に目を馳せるが如くただボんやりと突っ立っていようかとか、意味の無いフランス語を曲の最後の最後にボソリと一言つぶやいておしまいにしようかとか、なんなら汝ナンチャラカンチャラと片手に持った聖書でも重々しく朗読しようかとか・・・。と、まだ考えがまとまっていないのですが、物は試しと、先日のバンドのリハの際に久々にトランペットなどをスタジオに持ち込んで吹いてみたのです。曲の後半部分の崩れるようになりながら少しずつ盛り上がる部分で、DUBっぽい効果を狙いながらついでに下手糞っぷりを隠すため長めのデレイ(エコー)をかけたマイクに向かってプププ~とやったわけです。おお、なんか、1980年頃のヨーロッパ系のインディー・レーベル・・・こと、クレスプキュールだとかクラムド・ディスクあたりから12インチシングル1枚だけ出してひっそり消滅してしまったバンドのようなそこはかとない佇まい(笑)。悪くない。しかし、問題はオレのトランペットがまったく言うこときかないということ!!どんなにこめかみの所に青筋立てて吹こうが音程がほとんど変わらない。ピストンの指の押さえ方をどんなにパコパコ変えようがほとんど音が上下しない。そのうち唇はつりそうになりヨダレまみれになり血管切れそうになり、しまいにはプヒ~っ!と豚のいななきみたいな素っ頓狂な音が出る始末。オレのトランペットはフリーJAZZだからこれでいいのよっ。浅川マキの「ストレンジャーズ・タッチ」での近藤等則、或いは、リップ・リグ&パニックでのドン・チェリーみたいなもんだからさ、って言ったところで説得力まるでなし。クズはクズ。カスはカス。今更ながらサックスもまともに吹けない阿呆が更に高度なトランペットを操れるわけもなく、どこぞの音楽教室にでも2,3回ぐらい通って自称プロに教えを請えば音を出す最初のコツぐらは多少なりとも盗めるものなのか?と、大真面目に新宿駅周辺の音楽教室をネットで検索する始末。が、そんな自称プロに金を出す余裕も今は無く、結局、まずは手始めにと、楽器店で売っていた一番安い1000円の教則本を買ってお茶を濁してみた次第。そして、教則本を買って二日目にして、ドレミファソラシド「らしき」ものが、この際マイルス・デイヴィスに土下座して1000歩譲らせてもらった上での話しですが、辛うじてドレミ・・・と認識できる「モノ」がハエの屁のような異音と大量のヨダレとともにオレのトランペットの先から噴出。「らしきもの」とは言え生まれて初めてトランペットでドレミを吹いたわけです。ご存知のように、トランペットと言う楽器は押さえる所(ピストン)が3つしかありません。一つの抑え方で口の形やら息の量などを調節することで全く違う音を五つも六つも出さなきゃならないというキチガイ地味た楽器です。飽きっぽい上に根性のないオレですから、一週間後にはもうトランペットが押入れの奥で他の大量の不燃物ゴミと一緒に眠っている情景を思い浮かべる事は容易いことですが、ここはひとまず、安いコーヒーなどすすりながらヨダレにまみれ今日も一人プライベートレッスンとキメこみます。そう言えば、さっき、この部屋から遠く霞んで見える三軒茶屋方面の景色の中に一瞬マンハッタンの超高層ビル群の幻が見えたような気がしました。マンハッタンの喧騒、立ち昇る水蒸気、行き交うイエローキャブのカーラジオから聴こえてくるのは、Oh、マイルス!!あなたがここに、いて欲しい・・・。



▼今夜のBGM
地獄の沙汰もカネ次第。1分10秒辺りで発狂。邦題「悪魔天国」(笑)。ブリティッシュ・ハードロック史に残る珍曲にして迷曲の一つ。阿鼻叫喚の地獄絵を意味も無く分厚いトランペットの重奏隊で演出。ヴォーカルのエイドリアン・ガーヴィッツは後にハードロックとは180度違うおしゃれなAOR業界で活躍。
♪悪魔天国('69年)/GUN



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